背中にじんわりと汗が滲んでいるのに気付いて、わたしは目を覚ました。もう秋なのに、強い日差しが瞼に焼き付いて少し痛い。ポケットから携帯電話を取り出して時間を確認した。10時13分。先生怒ってるかなあ。少し恐くなったけど、それでも結構どうでも良かった。わたしは生まれて初めて授業をサボっている。屋上でお昼寝なんて定番すぎるだろうか。
教室には入らずにそのまま屋上に直行したため、今日はまだ仁王くんと顔を合わせていない。というか、顔を合わせたくなかった。
昨日、仁王くんが女の子とキスしていた。もしかしたらわたしと仁王くんは両思いなのかもしれないなんてとんだ勘違いをしてしまって、恥ずかしい気持ちと申し訳ない気持ちと、すごく哀しい気持ちが混ざり合って、どうしたら良いのか解らない。教室に戻るタイミングも。
今日はあともう少しだけお昼寝して、早退してしまおう。あーあ、わたしはいつからこんなに悪い子になっちゃったんだろう。カーディガンを枕代わりにして、涙の少し滲む瞳を閉じた。
「おはようさん」
「わっ、……!!」
「サボりなんて珍しいのう。混ぜてくれん?」
真上から顔を出してきたのは、今いちばん会いたくない人物だった。声を掛けられるまで全然気配に気付けなくって、驚きのあまりわたしの心臓はうるさく鳴り始める。あまりに普段通りの態度(当たり前だけど)の仁王くんに戸惑いを隠せなくて、わたしは少しぎこちなくなってしまう。
「何、まさか泣いとったんか?」
「え!?なんで、別に泣いてないよ」
「本当かの、目ー潤んどるけど」
「うん、本当」
「嘘じゃろ」
「嘘じゃない、ってば」
「ふーん、……言いたくないなら無理に聞かんけど」
仁王くんはわたしの頭を優しく撫でた。いつもと何も変わらない柔らかい手つきだ。哀しくって胸がぎゅうっとなる反面、少し安心している自分が居る。思わず流れ落ちそうになる涙をぐっと堪えた。
「えっと、仁王くんは何してるの?」
「お前さんのことずっと探してたナリ」
「え、……どうして?」
「会いたかったんじゃ。迷惑だったかのう?」
本当によくわからない人だ。わたしは「ううん、迷惑じゃないよ」と返したけれど、仁王くんがわたしに会いに来る意味なんて全く解らなかった。どうしよう。これ以上好きになるのはやめようって思うよりも、嬉しい気持ちのほうがずっとずっと大きい。どうして仁王くんはこんなに優しくしてくれるんだろう?彼の手がこんなにあたたかいのはどうして?ああ、もしかしたら昨日の光景はただの見間違いだったのかもしれない。そんなわけないって頭ではわかってるけど、どうしてもそんな錯覚を起こしてしまう。ううん。錯覚をしてしまいたい。錯覚でも十分嬉しい、そう思った。
仁王くんは、わたしの唇に親指を宛がっていた。わたしの瞳を真っ直ぐ見つめる仁王くんの瞳はとても綺麗で神秘的で、吸い込まれてしまうかと思った。胸がこそばゆくなる。
「におう、くん?」
「、ここ」
「?」
「ヨダレの痕ついとる」
「えっ (……!!)」
「嘘じゃ」
その一瞬で、仁王くんの唇はわたしの唇に触れていた。
ぽかんと間抜けに口を開くわたしを見て、やわらかく微笑む。そうしてまた、「すまんの、が可愛くてな、つい」とやっぱりわたしをどきどきさせるようなことを言うのだ。
「わたし、初めてちゅうした……」
「そうなん?でも今まで彼氏とかおったじゃろ」
「居たことないよ!だって、わ、わたし、好きなひと、いる」
「好きな人?」
もうだめだ、どうしよう。わたしは仁王くんのことがどうしても、すごく好きだ。少しずるいけど今なら言えるかもって思った。だけどいざ本人を目の前にすると顔が熱くなって言葉が出てこない。どきどき、どきどき。苦しくて死んじゃいそう。そんなわたしを見て、仁王くんは口の角を上げてニヤリと不敵に笑った。そしてわたしの耳元に唇を当てて、囁いた。
「の初めて、全部俺が貰っても良か?」
仁王くんは、ゆっくりわたしを押し倒した。